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『被害者を理解するための気もちの言葉 エクササイズ』と腹の虫

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 「腹の虫がおさまらない」とか「虫の居所が悪い」「虫が好かない」など感情の表現に虫の手を借りた、あるいは虫のせいにした表現がたくさんあります。本の虫はいいとしても、弱虫、泣き虫はマイナスで、虫の息になると手のほどこしようがありません。  感情や気もちは外側の環境や状況に対する反応と思われることが多いですが、「虫の知らせ」(よくないことが起こりそうであると感じること)などは身体の内側から発せられたかのように思えます。感情は身体とも結びついているものだと思えます。   以前にも書いたことがありますが、戦国時代(~安土桃山時代)に作られた鍼治療の本『針聞書(はりききがり)』(九州国立博物館蔵)には多くの虫が描かれています。( https://www.j-cast.co.jp/feature/mushi/book.html )  長野(2007)によると『針聞書』には、「さまざまなハラノムシの絵とともに症状や療法、ムシたちの棲息する五臓六腑の構造・機能」が記述されており、症状別にツボの位置、五臓(生命エネルギーや心の根源を貯蔵運用する、肺、心臓、脾臓、肝臓、腎臓)と六腑(飲食物と排泄物に関わり、五臓をサポートする、胃、大腸、膀胱など)を図示し解説しています。虫は身体の調子を左右し、感情や気分にも深く関わているようです。  例えば、上の写真の肺虫 ハイムシ (p.19) は、ご飯を食べる虫で、白朮 ビャクジュツ (オケラ)を煎じて飲むと消える、肺の臓にいて腹から浮き出てよそへ行くと宿主は死ぬ、人魂に変身する、と書いてあります。  右の病気をもたらす蟯虫 ギョウチュウ (p.27) は庚申の夜に宿主から抜け出して、閻魔大王に告げ口する虫だそうで、ちなみに最近の庚申の日は12月17日、次は2月15日です。ご注意ください。   笠井(2007)によると、中国の『抱朴子』(317年 道教に強く影響した書物)に、「三尸 サンシ 」という体内にひそむ虫が庚申の夜に抜け出して告げ口する話が書かれています。寝入って告げ口されるのを防ぐために庚申の夜に徹夜で宴をする庚申待が始まり、江戸時代に盛んになったそうです。唐の時代になると上尸(頭)中尸(腹中)下尸(足)に分かれ、江戸時代には体内には肺虫、蟯虫をはじめ九虫に増え、それらがされさまざまな病をもたらすされていたらしいです。  虫の力を...

『被害者を理解するための気もちの言葉エクササイズ』ではオノマトペを活用しています

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  『被害者を理解するための気もちの言葉エクササイズ』の大きな特徴はオノマトペ(擬音語擬態語)を活用していることです。  「ぶるぶる」「しんしん」などオノマトペは、アイコン的で、対象を視覚的あるいは聴覚的に(日本語の発音で)写しとった類像性をもつ言葉だといわれています(山口, 2015)。またオノマトペが擬音語、擬態語、擬情語とも言われているように、視覚、聴覚、触覚、身体感覚などの経験ー身体性が強くー、感情や状況とのつながりが明確な表現です。  「体験の生き生きとした『イメージ』を呼び起こし強い影響を及ぼす」(Kita, 1997, p.13)という特徴を持っています。臨場感をもたらすオノマトペは、読み手に連想をもたらし参加を求める表現を備えており、自己や他者の感情への理解を容易にする言葉ではないかと思います。  また、「もぐもぐ」、「ごっくん」などの養育者から声かけを初語に先んじて乳児期から普段から耳していたかもしれません。オノマトペは日常的に日本語を使用する人(母国語話者)にとっては比較的わかりやすいのものです。一方で、オノマトペに共通する特性が見出しにくく、定義するのが難しいとわれています。こうした困難さや特殊性はそのままオノマトペの特性といえるかもしれません。秋田(2013)によりその概要をまとめました。 音韻の繰り返しが多くその40%を占めるという。「こんこん」(狐の鳴き声?)「ごんごん」(重い鐘が連続してなる)  「ころころ」(軽いものが転がる)、「ごろごろ」(重いものが転がる)では、「ころ」は一回転、「ころころ」は多回転である。音韻は象徴的で、視覚的イメージが重なりある。「きっと」、「ちょくちょく」のように何を象徴しているのかわからないものもある。 「クタクタ」と「疲労」の意味は近いが、オノマトペである「クタクタ」は、「①ひどく疲れた様子②衣服や書類、葉物の野菜などがしなびた様子③全身の力が抜けてしゃがみ込む様子」(擬音語・擬態語辞典 講談社学術文庫)など視覚経験や身体感覚に近く、独特の意味表現である。一方、「疲労」は、「①つかれること。くたびれること(②医学的説明③金属疲労の意)」(大辞林)を表し、先に述べた文脈から切り離された「分析的次元」(Kita. 1997)の意味に属している。 口語での使用が多いこと、「わんわん」「ないな...